すこしのやすらぎ

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 山形さくら町病院の南側広場に埼玉県出身で小国町の基督教独立学園高卒の彫刻家、加藤朝美さんの作品「ボルツァーノ大聖堂」や「レージア湖」など5点が置かれている。
 実は加藤朝美さんの作品は、上山病院正面玄関待合室の椅子に腰掛けていただくとガラス越しに眺めることが出来ます。この作品は1997年作「アジィネッリの塔」です。作品が誕生した同じ年に芸術の深い森 イタリア  加藤朝美 (彫刻家)”と題して山形新聞に掲載された記事をご紹介します。
 
 
1997年(平成9年)2月8日 山形新聞

芸術の深い森 イタリア                加藤朝美 (彫刻家)
 最初に外国へ留学したいと思ったのは、海外に出るには一番遠い感じがする小国町の山奥にある基督教独立学園の在学の時。当時は世界地図を見ながら夢見ていたので現実的なことは解らずに、地図のページを変えては飽きることなく架空の旅を重ねていた。そしてその夢の留学が実現したのは5年後、美術大学の在学中にグレコの彫刻に出会い、すっかりイタリアに魅せられて日本を出発した。
 イタリアはルネッサンスの巨匠ダ・ヴィンチやミケランジェロを始め多くの芸術家を生む理想的な土壌。現在でも多くのイタリア人アーティストが世界的に活躍し、デザインの世界でもファッション界のアルマーニやバレンチノを始めそのトップレベルにある。イタリア人アーティストが第一線で活躍するのは美術だけではなく映画・オペラ・車のデザイン・料理の世界でも主役の位置にある。そしてアメリカやフランスで活躍しているアーティストもルーツをたどるとイタリア系移民だったりするので、その特殊な国民的才能に驚かされる。
 なぜイタリアが常にアートの中心で、そのイタリア人が第一線で活躍するのだろう。
 今でこそイタリアの美術館の入場料が学生も有料になったが、20年前にイタリアに留学して感心したのは、学生証を提出するとすべての国立美術館が無料で入場できたこと。常に財政が赤字でその名前が世界的に通るイタリアが、芸術に対して太っ腹なところに心から驚いてしまった。それに私がローマのアカデミア国立美術学校に入学した時は、安すぎる思って払った入学金の数千円が実は一年間の授業料で、結局は入学金と言うものがなかった。勿論、アカデミアの施設は日本と比べると期待するようなものではなかったが、教授陣のグレコ、マストロヤンニ、ファツィーニの豪華な顔ぶれは、日本で雲上の巨匠が身近に指導していた。つまりイタリアはアーティストを育てるのに申し分ない条件が揃っていている芸術王国なのである。
 その芸術王国イタリアは全国に広がるローマ帝国の遺跡、バチカン市国のシスティーナ礼拝堂を始め世界の文化遺産の多くが集中する。長い歴史の中で常に文化の中心であり、芸術の革命というべきルネッサンスもこの小さな国から始まり、現在も世界の芸術をリードしている。荒々しい岩山が何億年もかかって風化して緑の森林になったように、イタリアの芸術は紀元前のエトルスクから始まりローマ帝国、ルネッサンスの長い時間をかけて現在の緑深い森になった。
 今、日本で芸術のある町や県を作る動きがある。しかし10年や20年の短い期間で外観ばかり立派で、コレクションの少ない美術館を作ったり、裸の彫刻等を並べやや場違いの感がある「アート・ストリート」等は、町並みとはちぐはぐなモノが多く作られている。しかし本当に街を芸術的にするには、まず市民のアート意識を高める集まりや講座、それに若い作家に活動の場を与える援助が重要なベースになる。それから伝統を守るだけの地元の工芸産業に、新しいデザインをプラスした工芸等を援助する町の姿勢や、芸術系の大学がキャンパスの中だけの制作に留まらず、町や企業の中に入って相互の協力が必要である。
 ヨーロッパ風のアートを中心とした町作りは日本のどこにでもあるので、もうそろそろ卒業し、もっと時間をかけて地域の人間と、そこの土壌が作り出す芸術と町作りを期待したい。イタリアのような深い芸術の森を作るには自然の緑と同じように、まず美術の苗木を一本ずつ植えていく気の長い努力が必要である。
 
 
 いかかがでしたか。これほどまでに市民のアートまで考えていらっしゃる芸術家は少ないように思われます。
 明日から通常外来がはじまります。しばらくは、待ち時間など長くなりご利用の皆さまにご迷惑をおかけすると思います。事務窓口で会計処理が終わるまでの時間、ガラスの向こうに目を向けて頂き展示されている「アジィネッリの塔」を眺め、イタリアならぬ上山の深い森を想い浮かべ、すこしでもこころのやすらぎを味わっていただければ幸いである。

今年もよろしくお願い致します。